
無料一人用朗読台本
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曇天。 昼下がり。 寝癖もじゃもじゃ。 昨日までの疲れが残る身体を何とか起こし、オレはあくびをしながら台所に向かった。 脱ぎ散らかした服は……まぁ、そのままで良い。クリーニングに出すのはまた今度にしよう。今はただただ面倒臭い。 冷蔵庫は空っぽだった。 いや、賞味期限ギリギリの納豆はあるけど……好きじゃないんだよな、納豆。 確認するまでもなく、炊飯器は空っぽ。米もない。カップ麺もない。母ちゃんもおらん。人生とは無情なものだ。 はぁ。 ため息をついたと同時に腹が鳴った。昨日の帰りにコンビニで食料を買い込んでおけば良かった。 後悔していてもしょうがない、とオレは財布を確認した。中身は220円と三年前に期限が切れたクーポンのみ。あと、使うタイミングを逃したカーネーション割引券。やはり、人生とは無情なものだ。 嘆いていても腹が減るばかりなので、オレは前のめりになって近場のコンビニに向かった。何でもいいから食べ物を胃袋に入れて落ち着きたい一心だった。 気の抜けた店内BGMに若干苛つきながら、カップ麺コーナーを一瞥した。220円で買えるものはほとんどない。スーパーに行くべきだったか、と後悔する。 逃げるようにしてカップ麺コーナーを離れ、次にオレが向かったのはおにぎりコーナーだった。旨そうな高級おにぎりを視界に入れないよう注意しながら、ノーマルなおにぎりの数々に目をくれた。 塩むすび、昆布、梅、ツナマヨ……どれもこれも旨そうだ。220円でもギリギリ買える。もうどれでも良い。今なら納豆握りもぺろりと食べられそうだ。 と、我武者羅に手を伸ばした瞬間。 ふと目に付いたのは、紅鮭おにぎりだった。 紅鮭おにぎり。税込218円なり。手持ちの小銭でギリギリで買える値段だ。パッケージに映った鮮やかなピンクの鮭肉がめちゃくちゃ旨そうで、思わず喉がきゅるんと鳴った。 これだ。 これが喰いたい。 胃袋と脳の意見が完全一致し、オレはぬらりとした所作で紅鮭おにぎりを手に取った。 そそくさと会計を済ませ、オレは軽やかな足取りで近くの公園に向かった。なんとなく見覚えのある公園だった。子供の頃に来たことがあるような、ないような。そんな漠然としたノスタルジーに浸りながら、古ぼけたベンチに腰を下ろした。 そして、腹が減りすぎて震える指先でおにぎりを開封し、ぱくり! と勢いよくかじりついた。すると中からジューシーな鮭が出て……こなかった。口内にあるのは海苔と米だけだ。いや、旨いんだが。空腹に大変染み渡るんだが。 肝心の鮭が見えない。 あれ? これ鮭おにぎりだよな? と、くしゃくしゃになったパッケージを確認した。うん、紅鮭おにぎりで間違いない。単純にアタリが悪かっただけだろうか。 気を取り直して二口目。しかし、鮭に届かず。 そして、三口目でようやっと鮭に辿り着いた。あろうことか、白米の奥深くに埋蔵されていたのだ。パッケージの写真より若干しなびてはいるが……鮮やかなピンク色であることに間違いは無い。 満足げに咀嚼し、口内で紅鮭とおにぎりが混ざり合った。 その時。 ぶわっ、と涙が溢れ出た。 美味しい! という感想よりも先に、小学生の頃の思い出がフラッシュバックし、感動が先走ってしまったのだ。 やたらめったら塩辛い鮭の味は、遠足の日に母ちゃんがいつも作ってくれたおにぎりの味にそっくりだった。育ち盛りには塩分詰め込んどけばええ! と、ガサツな母ちゃんは思っていた節がある。 ……。 ……ああ。 母ちゃんのおにぎり、旨かったな。 おにぎりの思い出に付随して、次々と母ちゃんとの思い出が蘇った。アホだった子供の時のこと、反抗期をこじらせていた学生の時のこと、社会人になって色々と迷惑をかけた時のこと、そして、つい一週間前までのこと。 母ちゃんはよく笑う人だった。いつも大らかに笑っていた。笑いすぎて顎が外れたことが三回くらいあった。オレがアホなことをしても、迷惑をかけても、良くも悪くも何でもかんでも笑い飛ばす豪快な人だった。 そういえば、この公園もちっちゃい頃に母ちゃんとよく来ていたな……。 袖口で涙を無理矢理に拭い取ると、足下にいた鳩がオレの顔をジーッと見つめていた。THE平和の象徴。遠くから無邪気な子供の大声が聞こえてくると、びっくりした鳩は逃げるように飛び立っていった。 そんな曇天の昼下がり。 もじゃもじゃの寝癖を掻き毟り、オレは心の中に滞っていたわだかまりをゆっくりと飲み干した。 母ちゃんはもう、いない。 泣いても笑っても母ちゃんが死んだことに変わりはない。 だから、前を向いてオレらしく細々と生きていこう。 時には、後ろを向いて母ちゃんの思い出を噛み締めながら。 「母ちゃん、オレがんばるよ」 一先ず、今日は喪服をクリーニングに出しに行くとしよう。 そんな小さな決意を胸に宿し、オレは朗らかな気分で紅鮭おにぎりを口に放り込んだ。
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【タイトル変更案】
『曇天の昼下がり、おにぎりを食べて涙した』
『母さんのおにぎり』など
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